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時間を守らない側の人の考え方【結論】時間を守る必要があるかないかを一旦考えてしまう

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私は昔から友達との集合時間を守らないことが多く、よく人を待たせてきた。
学校の始業時間や、提出物の締め切りなどは守っているため自分の中では問題ないと思っていた。
しかし、最近留学先で出会った日本人3人ほどに、「待ちくたびれた」、「時間守らない側の人だよね」、「私メロディさんのこと信用してないんで」などと言われ自分の評価が落ちに落ちていることを実感した。
彼女たちとの待ち合わせに遅れたりしてから私への扱いが目に見えて悪くなったので、「これはかなり軽蔑されてるな」と感じたのである。


今まで「遅刻すると信用をなくす」という言葉を聞いても実感がなかったのだが、この留学で新しい人と旅行に行ったりしてその言葉の正しさがよくわかった。信用をなくすというのは、尊敬されなくなるということだった。雑に扱われるようになるということだった。率直に言えば、「馬鹿にされる」ということだった。


ただ、なぜ今までこれを実感できていなかったかというと、私は自分が遅れることも、他人が遅れることも気にならないからであった。公的な締切や待ち合わせに遅れるのは気になるが、友達との待ち合わせで結局目的地に時間内にたどり着いたとしたら、むしろ「効率よく来れてラッキー」とすら思ってしまうのだ。また、今まで友達が遅刻魔ばかりだったので、私が遅刻しても関係が悪くなることがなかったのだ。


時間を守ることが絶対的な善だと思っていないから、時間を守らない

ここからは傲慢で過激な意見になる。

私はそもそも集合時間は平均に合わせて設定されていると思っている。そしてそれが私が集合に遅れる理由だと思っている。また、友達との待ち合わせ時間など私的な締切を守れるのは、「時間を守ることは絶対的な善」と信じている人だと思う。さらに「時間を絶対守る人」と「マイペースな人」は正反対に位置すると思う。ある意味で他人のことを考えて、比較し普通・平均の行動を取れる人が時間を守れるのだと思っている。
私は設定された時間を守る必要があるかないかを一旦頭の中で考えるので、守る必要がないと判断したものは平気で遅刻してしまうのだ。
つまり、私は人によって、その人との約束を守るか守らないかを決めている、かなり自己中心的な人間だということだ。
しかし、自己中心的な人間性を良いと思うか良くないと思うかは人それぞれである。私は自分の人生なのだから何を優先するか、どの約束を守るかは自分で決めて良いと思っている。もちろん、多くの国で約束を守らない人は悪とされている。イギリスに留学しているが、意外と海外でも時間や約束を守る人がほとんどだった。


私の考えでは、この世の全ての約束や時間を守る必要はないのだ。そのため今まではとことんマイペースに行動していた。


だが、思ったよりも遅刻というのは評価を落とすようだ。どうでもいい人との待ち合わせ時間を守るのは嫌だが、どうでもいいひとに馬鹿だと思われるのも癪である。これらはトレードオフの関係のようだ。


時間管理を見直したことをきっかけに、時間の価値観が合い、12年間あたたかい友人で居続けてくれている親友と、7年間刺激的な友人で居続けてくれているもう1人の親友を大切にしようと思った。

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