
「嫌だな」と感じることを続けるべきか、きっぱりとやめるべきか――これは、誰しもが一度は悩むテーマではないでしょうか。今回は、私自身が体験した「やめるべきか否か」の葛藤と、その過程で得た気づきについてお話しします。もしかしたら、同じように悩んでいる方の参考になるかもしれません。
サークル活動に参加した理由
留学中、英語力を伸ばしたい、新しいことに挑戦したいという気持ちから、サークル活動に参加することにしました。私が選んだのは歌とダンスのサークルです。歌うことが好きだったこと、そして英語での活動が語学の勉強にもなると期待して、初めはとても前向きな気持ちでスタートしました。
サークルでは、英語を使ったコミュニケーションやパフォーマンスの練習が日々の活動の中心でした。最初は新しい環境に少し緊張しながらも、楽しさのほうが勝っていました。
理想と現実のギャップ
入ったサークルは、思っていたよりダンスの練習に時間が割かれていました。歌を楽しむことを期待していた私にとって、ダンスの振り付けを覚えるのはなかなか大変な作業でした。振り付けを一つ覚えるのに何度も繰り返し練習しなければならないし、他のメンバーと位置を合わせたり、動きをそろえたりする必要がありました。
さらに、英語がメインの環境での活動ということもあって、会話についていけないことが多々ありました。サークルのリーダーの指示がうまく聞き取れないことで「自分の英語力は低いなぁ…」と感じることも少なくありませんでした。
そして何より、サークルが夜遅い時間にあるため、眠い身体を頑張って起こして練習に参加する日が続き、体力的にも厳しくなってきたのです。
楽しい気持ちはまだある?
最初の頃の「楽しい」が7、「疲れる」が3だったバランスが、2か月ほどたつと「楽しい」が3、「疲れる」が7になってきました。
また、初めは気にならなかった「緊張する」「不安」「わからない!」といった感情が、徐々に楽しさを上回るようになりました。
ただ、それでも完全に楽しくないわけではありませんでした。歌が好きという気持ちは変わらないし、時々練習の中で楽しい瞬間もありました。それでも、全体を振り返ると「楽しいより疲れる方が勝っている」と感じるようになりました。
ただ、徐々に行きたくなくなってきました。
例えば、振り付けを覚えられず、ポジションがわからないまま練習に参加するのが苦痛に感じるようになったり、英語が聞き取れず会話に入れなかったり――こういった小さなストレスが積み重なり、「行きたくない」という気持ちが強くなっていったのです。
「やめる」ことへの葛藤
そんな中、もう一つの悩みが浮かび上がりました。それは、「ここでやめてしまっていいのか?」という迷いです。せっかくお金を払って入ったサークルですし、イベントも間近。途中で抜けるなんて無責任かもしれない――そう思う自分がいたのです。
しかし一方で、自分が本当に楽しんでいるのかと問われると答えに詰まってしまう。そして、無理をして笑顔を作り、嫌々ながら通い続けることに意味はあるのか?と、自分の心に問いかけました。私自身が「頑張るべき」と決めつけているだけなのではないか?とも自問しました。
「続ける」選択と「やめる」選択
続けることも立派な挑戦ですが、やめることは決して逃げではありません。それは、自分の感情や状況を受け入れた上で選ぶ、新しい一歩なのです。挑戦の先には学びがありますが、それが必ずしも「続ける」先にあるとは限りません。
私が最終的に選んだのは、「やめる」という選択でした。そして、その決断には思いのほかポジティブな感情が伴いました。
「途中で放棄するのは悪いこと」「メンバーに迷惑をかけるのではないか」という罪悪感もありました。
でも、最終的に思ったのは、自分の感情を大切にすることこそ、自己尊重でありセルフケアなのだということでした。
嫌な気持ちを抱えながら続けることは、自分をないがしろにする行為。
自分を大事にすることで、周囲にもポジティブな影響を与えられるはずではないかと思いました。
やめた後に得られたもの
サークルをやめてから、時間と心の余裕ができたことで、新たなことに目を向ける余裕が生まれました。
英語の勉強についても、家でゆっくり洋書を読む時間を取れるようになったり、ラジオ英会話を聞く時間を取れるようになったりしたので、結果的にサークルに入っていた時よりも勉強できるようになりました。
また、歌への情熱も取り戻すことができました。純粋に歌うことを、また楽しめるようになったのです。
わからない未来と向き合う
「このまま続けて、何を得たいのか?」「やめたら何を失うのか?」と自分に問いかけてみても、実際のところ、未来のことは誰にもわかりません。どれだけ考えたとしても、自分の想像の範囲内でしか答えを出せないことに気づきました。
例えば、続けた先に得られるかもしれない達成感や成長。やめたことで失うかもしれない人間関係。これらをイメージしようとするものの、実際には自分の想像力には限界がありますよね。
未来の出来事をすべて予測するなんて無理な話ですし、どちらの選択が正しいかなんて、その瞬間にはわからないんです。
だからこそ、今の自分に正直になる
未来がわからないからこそ、大切なのは「今の自分の気持ち」に耳を傾けることだと気づきました。今、自分が何を感じているのか、何を大切にしたいのか。それを無視して未来の可能性ばかり考えてしまうと、結局どちらを選んでも後悔することになりかねません。
私の場合、「楽しいより疲れるが勝っている」「行くことが苦痛になっている」という現実を見つめたとき、それが自分にとっての正直な答えでした。そして、その気持ちを尊重することにしました。
正解は選択の先にある
どちらを選んでも、そこに正解があるかどうかはわからない――でも、選択した後の行動や考え方次第で、どんな道でも自分なりの正解に変えていけるのではないかと思います。サークルをやめるという選択をした私ですが、今振り返ると、それは「逃げ」ではなく、「自分にとっての次の一歩」でした。
未来の結果を完璧に予測しようとするのではなく、「今、自分にとって何が必要か」を基準にして選ぶ。それが、不確実な未来と向き合うための一つの方法ではないでしょうか。
無計画ではなく、柔軟に
もちろん、感情だけで選択するのはリスクがあるかもしれません。しかし、私が大切にしたいのは「今の自分を無視しない」ということです。未来を完全に予測できなくても、だからこそ、その時々で自分の気持ちを確認しながら進む柔軟さが必要だと思うのです。
何かを決めるとき、私は「今の自分の気持ち」と「目指したい方向性」の両方を軸に考えるようにしています。サークルをやめる選択も、その先にある「自分らしさを取り戻す」ための一歩だと感じたからです。
やめることは終わりじゃない
「やめる」という決断は、一見すると後退のように思われるかもしれません。しかし、何かをやめることは、次の可能性を開くことでもあります。やめた後の時間やエネルギーを、他の何かに使うことができるのです。
私の場合、サークルをやめたことで、もっと自由に好きな歌を楽しむ時間が増えました。また、英語力を伸ばすという目標についても、他の方法で取り組むことを選びました。この経験を通して、「一つの道に固執しなくても、目標を叶える手段はたくさんある」と実感しました。
私の情熱が、私の人生を形作る
「やめる」という選択は、決して後ろ向きなものではありません。
自分の価値観や感情を尊重するための大切な決断です。
私は、私の感情はこの世で最も価値のあるものだと思っています。
もし、あなたが「これを続けるべきなのか」と悩んでいるなら、一度自分の心に問いかけてみてください。
「楽しい」「情熱を持てる」と感じられるものに、エネルギーを注げていますか?
本当にやりたいことというのは、それを考えるだけでワクワクするようなことです。
今やっていることは本当にやりたいことですか?情熱を持ってそれに取り組めますか?
私たちの人生は、情熱によって形作られるのですから、その情熱を無視してはもったいないと思いますよ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
読者の皆様の一日がいい気分で終わることを願っております。
また次回、お会いしましょう。
速水メロディでした♪
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